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大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)4133号 決定 1987年11月30日

申請人 犬伏寛治

<ほか七名>

右申請人八名代理人弁護士 石川元也

同 小林勤武

同 三上孝孜

同 梅田章二

同 河村武信

同 関戸一考

同 豊川義明

同 鎌田幸夫

同 井上英昭

同 岩田研二郎

同 長野真一郎

同 杉本吉史

同 森博行

同 丹羽雅雄

同 岩永恵子

被申請人 東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 須田寛

右被申請人代理人弁護士 原井龍一郎

同 吉村修

同 矢代勝

同 占部彰宏

同 小原正敏

同 田中宏

主文

一  被申請人が申請人らに対してなした別紙出向命令の表示欄記載の各出向命令(昭和六二年一〇月二六日付)の効力を仮に停止する。

二  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  当事者関係

被申請人(以下、被申請会社又は新会社ともいう。)は、日本国有鉄道改革法(以下、国鉄改革法という。)並びに旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律に基づき、昭和六二年四月一日に設立された会社で、日本国有鉄道(以下国鉄という。)の東海地域を中心とする鉄道事業及び東海道新幹線の輸送事業を国鉄より承継していること、被申請会社は、新幹線の輸送業務の統轄機構として新幹線運行本部をおき、同年一〇月一日以降はその下に大阪管理部をおき、各現業機関を統轄していること、現業機関として駅、車掌、運転所、車両所、保線所などをおいており、申請人らが所属するのはそのうち大阪第一、第二、第三車両所(新幹線の検査修繕の職場、九月末日まではあわせて大阪第一運転所と呼称)、大阪運転所(新幹線運転士の職場、九月末日までは大阪第二運転所と呼称)、京都保線所(九月末日までは大阪保線所京都支所と呼称)であることは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、その職員数は、大阪第一、第二、第三車両所で約九〇〇名、大阪運転所で約四〇〇名、大阪保線所、京都保線所あわせて約二〇〇名であることが一応認められる。

申請人らは、国鉄当時から現在と同一の職場に勤務してきたが、国鉄の分割民営化にともない、昭和六二年三月三一日付で国鉄を退職し、同年四月一日付で被申請会社に採用され、勤務していること、各人の国鉄への入社年月、勤務場所、業務内容は別紙現在の業務内容等に記載のとおりであること、申請人らは、いずれも国鉄入社以来国鉄労働組合(以下、国労という。)に所属し、国労近畿地方本部大阪新幹線支部の各分会(大阪第一運転所分会、第二運転所分会、大阪保線所分会)に所属していることは当事者間に争いがない。

二  出向命令の存在

被申請会社は、国労組合員である申請人らに対して、申請人らから出向する旨の同意がえられなかったにもかかわらず、昭和六二年一〇月一二日に文書または電話により同月二六日付で別紙出向命令の表示欄記載のとおり出向命令の事前通知をおこなったこと、右事前通知は同月二六日を効力発生日と指定した出向命令の通知であって、同日に改めて発令行為が行われるものではないこと、申請人らはいずれもそれに対して改めて出向に同意できないことを表明したことは当事者間に争いがない。

三  本件出向命令の効力

1  出向命令権の根拠

(一) 使用者が労働者に対し出向を命ずるには、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠が必要であると解すべきところ、被申請会社は、本件出向については、申請人らの包括的同意があり、また就業規則にも出向義務が定められているから、それらを根拠に申請人らに対し出向を命ずる権限を有する旨主張する。そこで、検討するに、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 被申請会社は、国鉄改革法により新たに設立された会社であるが、その設立経過の特殊性から職員の採用の手続も被申請会社自体が直接行なうのではなく、新会社設立委員が国鉄改革法の定める手続に則って「労働条件」を明示したうえこれを行うという異例の方法が採られた。即ち、同法二三条一項及び二項に基づき、昭和六一年一二月二四日以降において、国鉄は、新会社設立委員から示された同法施行規則九条に定める内容の「労働条件」及び「職員の採用の基準」と合せて、同施行規則一一条に定める「承継法人の職員となることに関する意思確認について」の書面をセットした冊子を全職員に交付し、新会社に就職を希望する者は昭和六二年一月七日正午までに「意思確認書」を提出すべきことを要請した。この意思確認書には、「この確認書は、希望順位欄に記入した承継法人に対する就職申込書を兼ねます」との注記がなされていた。この「意思確認書」を提出した者の中から、国鉄は同法二三条二項に基づき、前記の「職員の採用の基準」に従い、承継法人毎にその職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員に提出した。この名簿に基づき採用と決定した者については、同法二三条三項に基づき各承継法人設立委員からその旨の通知がなされたが、被申請会社においては設立委員会委員長斉藤英四郎名を以て、被申請会社の成立する昭和六二年四月一日付を以て同社の職員として採用する旨の通知書が、同年二月一六日以降各現場を通じて遂時本人に交付された。そして更に、採用決定者に対しては、三月一六日以降に四月一日からの具体的な所属、勤務箇所、職名、等級、賃金等を明示した文書が交付された。申請人らも、右手続に則り「意思確認書」を提出し、被申請会社設立委員より採用する旨の通知を受けたものである。

(2) また、新会社との間の労働契約の内容については、採用される人数が極めて大量であったことその他の事情から個別的に労働条件を説明することが実際上困難であったため、設立委員の示した前記「労働条件」によるものとされたが、その「労働条件」には、出向に関して、就業の場所として「各会社の営業範囲内の現業機関等において就業することとします。ただし、関連企業等への出向を命ぜられることがあり、その場合には出向先の就業場所とします。」と明示され、従事すべき業務として「旅客鉄道事業及びその附帯事業並びに自動車運送事業その他会社の行う事業に関する業務とします。なお、出向を命ぜられた場合は、出向先の業務とします。」と明示されていた。

(3) 国鉄時代においては、就業規則中に出向に関する規定がなかったこともあって、制度としての出向はなかったが、昭和五九年頃からは既に余剰人員調整対策が問題となっており、そのため、個別的に承諾を求めるという形ではあったが、出向に類似した派遣制度が新設され、国鉄と業務上密接な関連を有する企業に職員が派遣されるようになっており、新会社に移行した後には、関連企業等への出向の問題が生ずるであろうことは申請人らにも容易に予想しうる状況にあった。

(4) その後、昭和六二年四月一日に被申請会社が発足し、これと同時に被申請会社と申請人らとの間の労働契約も成立したが、新会社の成立に伴って発効した就業規則二八条には「会社は、業務上の必要がある場合は、社員に転勤、転職、昇職、降職、昇格、降格、出向、待命休職等を命ずる。2社員は、前項の場合、正当な理由がなければこれを拒むことはできない。3出向を命ぜられた社員の取扱いについては、出向規程(昭和六二年四月社達第五七号)の定めるところによる。」と明記されていた。

なお、右就業規則に基づいて定められた「出向規程」は、被申請会社の命ずる出向が社員としての地位を保有したままのいわゆる在籍出向であることを明示するとともに、社員に出向を命ずるときの取扱いとして、出向先の給与、災害補償等の支給基準が会社の支給基準に満たないときにはその差額分を支給すること等、出向を命ずる際の人事、服務、賃金、福利厚生その他の労働条件を詳細に規定している。

右事実によれば、新会社への社員採用手続が進められた時点においては、被申請会社が未だ設立に至っていなかったため、新会社との労働契約の内容としては新会社設立委員より示された「労働条件」が存するのみで、被申請会社の就業規則も存在しなかったのであるが、右「労働条件」には将来の労働契約の内容とするに足りるだけの一応具体的な記載がなされていたといえるから、右「労働条件」の内容が、成立後の新会社と社員との間の労働契約の内容をなすことが法律上当然に予定されていたというべきであり、また右「労働条件」の内容が新会社の就業規則の内容として実質的に盛り込まれるべきことも当然に予定されていたと認めるのが相当である。そして、現に被申請会社発足と同時に制定された就業規則の内容は、出向に関する定めも含めて前記の「労働条件」に明示されたところと実質的にほぼ同一の内容であり、出向についての右就業規則の規定及び就業規則に基づいて制定された「出向規程」の内容も一応合理的なものと認めることができる。そうすると、申請人らは、いずれも右「労働条件」を、少くとも関連企業等への出向がありうることをも含めて充分認識し、これらの条件をあらかじめ了解したうえで新会社への就職申込をしたものといわざるを得ないから、申請人らは、被申請会社と申請人らとの間の労働契約成立と同時に被申請会社から関連企業等に出向を命ぜられたときには原則としてこれに従う必要があるというべきである。

以上によれば、被申請会社は、申請人らの出向についての採用の際の同意に基づき、申請人らに対し関連企業等への出向を命ずる権限を有するということができる。

(二) 申請人らは、被申請会社の就業規則中の出向規定は国鉄当時の就業規則を一方的に不利益変更するものであり、無効である旨主張するが、前記認定のとおり、被申請会社は国鉄改革法によって新たに設立された法人であって、その社員については国鉄とその職員との間の雇用関係を承継するものではなく、国鉄職員に新会社の就業規則の骨子をなすべき労働条件及び採用基準を提示し、これを周知せしめたうえ、応募者の中から選考により新規に採用したものであり、その就業規則も新会社発足に際し新しく制定されたものであって、その作成手続については、労働基準法九〇条の定めに従い、各事業場ごとの過半数で組織する労働組合の意見書を添えて各事業場所在地の労働基準監督署に展け出をしていることが疎明資料により認められ、この事実に国鉄改革法の趣旨、分割民営化の規定等を併せ考えれば、被申請会社の就業規則は実質的にも国鉄のそれとは別箇独立のものといわざるを得ず、国鉄時代の就業規則の内容を被申請会社が当然に承継することを前提としてその不利益変更を問題とする申請人らの右主張は採用できない。

(三) 申請人らは、被申請会社の就業規則では出向先が無限定であるから包括的同意は認められない旨主張する。なるほど、新会社設立委員から示された前記「労働条件」中の出向に関する規定及び被申請会社の就業規則では出向先は「関連企業等」とされており、この文言だけでは出向先は必ずしも明確であるとはいい難いけれども、疎明資料によれば、被申請会社としては、右の「関連企業等」というのは、資本金の全部又は一部を出資している企業及びその子会社のほか業務委託会社、構内事業者など鉄道輸送事業を営む上で密接な関連を有する企業がこれに該当するとされていること、国鉄当時にも昭和五九年から余剰人員調整対策として派遣制度が新設され、国鉄と業務上密接な関連を有する「関連企業等」に職員を派遣勤務させることを目的としていたが、その派遣先としては国鉄の鉄道業務そのものの下請企業とか鉄道の周辺業務を目的とする企業約三〇社が主要なものとしてこれにあたるとされていたこと、本件の出向先となっている三社は、鉄道輸送業務を営んでいくうえでは事業分野が異なるものの、安全輸送の点ではもちろんのこと、快適なサービスを提供するための清潔な接客設備の確保、乗り心地の良い車内設備の確保など重要な分野についてその役割を担っており、まさに密接な関係にある関連会社として国鉄当時からの派遣先とされ、現に関西新幹線整備株式会社には八名、株式会社ビュフェとうきょうには八名、大鉄工業株式会社には五名がそれぞれ派遣されていたこと、しかも、派遣先に関する情報は様々な方法で職員に周知が図られていたので、国鉄職員の間にはおよそどのような企業が「関連企業」として派遣先に選ばれているかについての認識が行きわたっていたこと、等の事実が一応認められるのであって、これらの事実からすれば、本件出向先の三社が前記採用手続の際に交付された冊子中の「労働条件」及び被申請会社の就業規則等にいう「関連企業等」に含まれる存在であることは申請人らにとっても充分に予測できる状況にあったというべきである。従って、申請人らの右主張も採用できない。

2  人事権濫用の有無

(一) 申請人らは、被申請会社には本件出向を命ずる業務上の必要性がないうえ、本件出向により申請人らの蒙る不利益も著しく、また出向対象者の人選も恣意的で合理性がないから、本件出向命令は人事権の濫用であり、無効である旨主張し、被申請会社は、本件出向命令には業務上の必要性があり、申請人らが不利益を受けるとしても著しくはなく、その人選も合理性を有する旨主張する。

出向を命ずる場合には、出向につきそれ相当の業務上の必要性がなければならないことはもとより、出向先の労働条件等が従来のそれに比べて著しく苛酷劣悪とならず、また出向対象者の人選も合理性を有し妥当なものでなければ、その出向命令は人事権の濫用として無効であるというべく、さらに通勤、家庭状況等で出向者の生活に著しい不利益を生じさせるときも人事権濫用の一場面として、出向拒否の正当事由が認められることもあるというべきである。

以下、順次検討する。

(二) 出向命令の必要性について

《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 被申請会社は国鉄改革法に基づき新たに設立された法人であるところ、その発足に際し、被申請会社が同法に基づく基本計画により新たに採用すべきとされた社員数は二五、二〇〇人であったが、これは国鉄における余剰人員が膨大であることに鑑み、これら余剰人員の一部も含めて採用してゆく等の政策的観点から国鉄再建監理委員会の答申に基づき決定されたものであって、被申請会社の業務遂行に必要な当初の予定人員を概ね二割(約五、〇〇〇人)上回ったものであった。ところが、実際の採用数は希望退職の進展等により基本計画を下回る二一、四〇〇人にとどまったが、これとて現在の被申請会社に必要な人員を相当数(約二、〇〇〇人)上回るものであり、現に申請人らの所属する大阪運転所では二八人、大阪第一車両所では七一人、大阪第二車両所では二七人、大阪第三車両所では一九人、京都保線所では一五人の各余裕人員がいる。被申請会社は、この所要人員を上回る雇用を義務づけられ、一方においては国鉄より承継した一定範囲の債務の償還に当たりつつ経営健全化に努めるべきことが義務づけられた立場にある。被申請会社としては、このような多数にのぼる余裕人員についてこれを有効に活用することなく、漫然と放置することはその経営事情から決して許されるものではなく、その有効な活用をはかることは経営の根幹に関わる緊急かつ重大な課題であり、出向はその有効な対策として位置づけられる。

(2) 国鉄の関連事業の展開は、法律的な制約もあり、私鉄各社と比べれば極めて限定的なものにとどまっていた。従って、国鉄の事業を承継した被申請会社においても、現時点における関連事業は、その事業分野においても全収入におけるウエイトにおいても他の私鉄各社と比べ極めて低位にとどまっている。被申請会社の今後の経営基盤の安定ひいては企業の発展のためには他の私鉄なみの多面的な事業展開が不可欠の状況にある。それ故に被申請会社においては関連事業の強化展開を早急に進めていくことが焦眉の急とされており、昭和六二年度の事業計画においても「関連事業の展開は将来の経営にとって最も重要な課題の一つである」とされている。この関連事業の強化展開には、被申請会社自身の関連事業部門を新設する方法とか子会社を設立する方法等があるが、発足後間もない被申請会社にとって今即座にそのような方法により余裕人員の活用をはかることは不可能で、関連事業の展開には長期的な取り組みが必要というほかなく、その将来の関連事業展開への準備として、民間企業において実際の経験をつみ、そのノウハウを身につけた人材を多数養成していくことが必要であり、まさに出向の推進こそその目的に合致した施策とされている。

以上の事実によれば、被申請会社においては、余裕人員の有効活用、社員の民間企業人としての教育等の観点から、出向は是非とも必要な重要施策であり、従って、本件出向には業務上の必要性があるというべきである。

(三) 労働条件等の変更による不利益の程度

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 申請人犬伏、同安井、同南朴木、同寺島、同中川、同沢野の各出向先である関西新幹線整備株式会社は、新幹線の車両その他の清掃等を目的とする会社であり、右申請人らの同社での業務内容は車両清掃作業その他会社から指示される作業とされている。具体的には、主として、鳥飼車両基地に運行を終えて入ってくる新幹線車両の車内清掃であり、座席足元の弁当箱やジュース缶などのごみ集収、吸殻の掃除、雑巾がけ、床のモップかけ、トイレ・洗面所の掃除、汚物処理装置の整備、ガラスふきなどで、一両約一〇〇ないし約一二〇席を二人で約三、四〇分で仕上げなければならないというものである。その勤務形態は、現在は、申請人安井、同中川、同寺島は日勤、同沢野は予備勤務とされているため概ね日勤、同南朴木は夜勤職場ではあるが、あいだに非番、特別休日、調整休日、公休などが入るため夜勤の連続がそれほどなく、同犬伏は三交替勤務で日勤と夜勤が組み合わされているというものであるが、出向先では、現在と全く変わり、すべて夜勤ばかりで、日動はない。そして、その夜勤形態には次の三種があり、これを組み合わせて勤務する。

夜勤A 一七・〇〇―八・二〇(五勤一非休)

夜勤B 一八・〇〇―四・二〇(五勤一非休)

徹夜A 九・一〇―八・五〇(翌日非番)

実際の勤務の組合せでは、徹夜が三回連続し、一日の公休をおいて、翌週には夜勤が五回連続するという勤務形態の繰返しである。労働時間も現在の週平均四〇時間ないし四二時間から週平均四七時間に増加する。

(2) 申請人青柳の出向先である株式会社ビュフェとうきょうは列車内における販売、食堂経営等を目的とする会社であり、同申請人の同社での業務内容は運輸員の作業その他会社から指示される作業とされている。運輸員の作業というのは、新大阪駅での商品の運搬作業で、一日に約五〇本の新幹線列車を担当して、各列車に食堂車で使う材料や飲み物、みやげ物類等の車内販売品を駅の一階からホームまで手押し車で運び、列車に積み込む作業や、食堂車等で発生したごみ等を降ろして運ぶ作業である。その勤務形態は、現在は運転予備として概ね日勤となっているが、出向先では、朝九時に出勤し、その日の作業を翌日の午前〇時三〇分頃終了し、自動車で約一〇分程度の本社の仮眠室に行き、約四時間の仮眠をとった後、午前五時頃起床して午前六時の始発列車の積み込み作業をし、午前六時頃にその日の勤務を終了するというものとなる。労働時間も現在の週平均四〇時間から週平均四八時間に増加する。

(3) 申請人三代の出向先である大鉄工業株式会社は、建設工事及び軌道工事の請負等を目的とする会社で、被申請会社の線路、土木工事の工事契約の指名業者となっている会社であり、同申請人の同社での業務内容は保線作業その他とされている。同申請人は国鉄当時から下請会社の保線作業を指示し、点検し、検査するという立場であったが、今度は出向会社で保線作業等を行うこととなる。その勤務形態は、現在は運輸課で日勤であるが、出向先では、朝八時三〇分から一七時までと、二二時から翌朝六時までという中ぬき勤務(被申請会社は本件の審尋の途中から申請人三代の出向先での勤務形態は日勤が原則で夜勤は事故・災害等必要のある場合に指定されるだけであると主張を変更し、これに添う疎明資料も提出しているが、それ以前の段階では右のように夜勤もあった。)となる。労働時間も現在の週平均四二時間から週平均四四時間四五分に増加する。

以上の事実によれば、申請人らの出向先の業務内容は、国鉄入社以来車両の検査修繕とか運転あるいは保線作業の指示点検という職場で専門的な技術を習得し、その技術を麿いてきた申請人らにとっては、いずれも単純な作業であり、従って、本件出向は申請人らにとっては全くの異職種への職務変更であるというべく、また出向先での勤務形態もいずれも夜勤という反生理的で身体への負担のより大きいものとなり、これら労働条件の変化により申請人らはいずれもかなりの不利益を受けることは明らかである。

そして、そのように出向者の受ける不利益がかなり大きい場合には、特に出向者の人選が合理的になされるべきことがより強く要請されるというべきである。そこで、その点につき項を改めて検討することとする。

(四) 人選の合理性について

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 本件出向命令に至る経緯

被申請会社は、出向を重要な施策として強力に推進していく必要があったため、昭和六二年四月中旬頃、本社に「出向推進委員会」を設置するとともに、新幹線運行本部においても「新幹線運行本部出向推進委員会」を設置して、具体的な取り組みを始め、同月二〇日に第一回新幹線運行本部出向推進委員会を開催し、概ね次のような方針をたてた。

(イ) 出向の目的は、社員の民間企業人としての教育、余裕人員の有効運用、関連会社の指導、育成などにおく。

(ロ) 出向先については、関連企業を中心として出向の受け入れを打診し、可能な限り出向先企業を多く確保する。

(ハ) 当面の出向については、賃金を「会社基準」(賃金は被申請会社の基準で支払う方式とし、出向先の就業規則にはよらないこと)で支払うなど、出向社員の労働条件が低下しない様に配慮する。

(ニ) 出向者の人選については、出向の目的からして全社員が対象であるが、既に派遣を了えた者等は除いて検討させることとし、さらに具体的人選にあたっては現場における個別の要員需給状況、各社員の経歴、職務遂行状況等を勘案して推薦者を上申させることとする。その際、今回は第一回目の出向となることから、出向先での就労条件を照らしあわせたうえで、転居を伴うかどうか、通勤事情の変化はどうか、心身の状況はどうかなど、個別の状況についても十分配慮して出向予定者を決定する。

そして、これらの方針を、現場を直接掌握する各主管部へ指示し、直ちに具体的取り組みを開始した。六月に入り、出向受け入れ企業の確保、人選等の準備が一応完了したので、現場段階での所要の準備にとりかかり、まず、同月四日に新幹線運行本部管内の全現場長を招集して発令までのスケジュール、特に留意すべき事項を周知徹底した。その概要は、新会社になって初めての制度であることから、出向の期間、出向中の労働時間、賃金、福利厚生、帰任時の扱いなどについて明記した「社員の出向について」なる書面を掲示し、点呼などで全社員に周知させること、出向予定者に対しては、事前通知を発令する前に、十分に出向の目的、必要性、制度の内容を説明したうえで、個人毎の出向先での就労場所、業務内容、賃金が被申請会社基準で支払われることなどについても詳細に説明すること、本人からの質問には誠心誠意回答し、必要があれば関係箇所に問い合わせ、本人の不安を解消すること等の指示を与え、同月八日から各現場において四八名(うち大阪地区二二名)の社員に対して説明、説得を開始した。その際、申請人らも出向予定者に選ばれたが、その出向先及び業務内容は、申請人犬伏、同安井、同南朴木、同寺島、同中川、同沢野はいずれもスズキ自動車販売株式会社で、セールスマン、申請人青柳は株式会社ビュフェとうきょうで、車内販売員(ウェイター)、申請人三代は大鉄工業株式会社で、保線作業員というものであった。申請人らは、「セールスマンの仕事は自分にはむかない。」とか「出向先が畑ちがいだ。」あるいは「労働条件があまりにも悪くなる。」等の理由で、いずれも出向に応じなかった。しかし、その他の者のうち一八名(うち大阪地区一三名)が出向について理解を示したので、被申請会社はこれらに同月二五日付で事前通知を行い、その後大阪地区の一名が出向に行く旨申し出たので九月一日付で出向を命じた。そして、残る二九名(うち大阪地区八名、いずれも申請人ら)については同月二九日頃から再び、出向への説得が開始された。申請人らの今度の出向先及び業務内容は、申請人三代については従前どおり大鉄工業株式会社で保線作業員と変りはなかったが、申請人犬伏、同安井、同南朴木、同寺島、同中川、同沢野については関西新幹線整備株式会社で車両清掃作業員に、申請人青柳については株式会社ビュフェとうきょうで運輸員に、それぞれ変更された。申請人らは、「仕事の内容が不満である。」とか「夜勤では体がもたない。」あるいは「出向に行く意思はない。」等といって、いずれも出向を拒否した。しかし、被申請会社は、東京地区の三名については更に検討する必要があるが、その他の者についてはいずれも出向に行けない具体的理由、納得しうる理由がないとして、申請人ら大阪地区八名を含む二六名について一〇月一二日に事前通知を発令した。

(2) 人選の基準

今回の出向対象者を選定した際の基準は、

(イ) 出向は全社員を対象とするが、そのうち今回左のいずれかに該当する者は除外すること

① 概ね四六才以上の者

② 国鉄時代に他へ派遣された者

③ 広域・中域異動者(国鉄時代には北海道・九州等に勤務していたが、国鉄当時に、余剰人員対策を円滑に進めるため、余剰人員の地域的アンバランスを調整する目的で北海道、九州等から大阪地区等へ異動を行った者であって、これを除外するのは被申請会社の従業員として慣れていないことによる)

④ 運転・修繕等で指導者的立場あるいは業務遂行上中心的立場にあり、代替者を直ちに求め難い者

(ロ) 労働条件の変更の有無・程度、家庭事情・通勤事情等を考慮して、著しく不相当でないこととされている。しかし、この人選の基準は事前に労働組合や社員に対して一切明らかにされなかった。また、右人選基準によっても、被申請会社には相当多数の出向対象者が存することとなるが、それらの者の中から申請人らを選定した基準は明らかにされておらず、申請人らが人選の理由を尋ねても、被申請会社はそれについての明確な回答をしなかった。しかも、申請人らは、六月の最初の出向の段階から出向予定者としてその交渉を受け、これを断っても、また九月末から再び本件の出向先について交渉を受けており、今回の出向交渉も前回の六月時の出向を断った者についてのみ行われ、大阪地区では申請人ら八名に限って再度執拗に交渉がなされている。他方、申請人ら以外にも多数存在すると考えられる他の出向対象者たる社員に対して、本件出向先への出向の打診がなされたような形跡は全くない。

右事実によれば、被申請会社の主張する右人選の基準は事前に設定されていたものかどうかについての疑問も残るうえ、その基準自体も、その設定理由等の一部に必ずしも明確とはいえない点があること、仮りに右の人選基準によるとしても、その除外事由該当者を除いても相当多数の社員が出向対象者として残ることとなるはずであるが、それら多数の対象者の中から何故申請人らが選ばれたのかは全く不明であり、被申請会社が、本件出向に際して、人選の合理性をどの程度考慮したのかについては、極めて疑問であると言わざるを得ない。

もとより、出向命令が使用者の人事権行使の一環としてなされるものである以上、人選の合理性の判断に際しては使用者の裁量権を無視することはできないけれども、特に本件の場合のように、出向先の職種が従来勤めてきた職種と大幅に異なるものとなったり、あるいは勤務形態が夜勤中心になるなど労働条件がかなり不利益に変更する場合で、かつ出向者が特定の業務と関係なく余裕人員の活用として代替性を有する場合には、出向者の人選はより慎重に公正になされなければならないというべきであり、その際、その人選の公正という観点からすれば、出向先の職種とか労働条件等を明示して全ての社員に対して公募するのが望ましいけれども、そこまでの手続に必要でないにしても、より多くの社員に対して出向の打診を行うなどの公正な手続が必要と考えられるにもかかわらず、被申請会社が申請人ら以外の社員にそうした働きかけをした事実は疎明されていない。

以上のような状況からすれば、申請人らを本件出向先の出向者として人選したことの合理性には重大な疑問があるというべく、本件各出向命令は人事権の濫用として無効であるといわざるを得ない。

四  保全の必要性

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、申請人らが本件各出向先でその業務に従事させられることにより、職種の違いから、あるいは勤務形態の変更から、精神的、肉体的にかなりの苦痛を受け、不利益を蒙ることとなることが一応認められるので、本件各出向命令の効力を仮に停止する必要性があるというべきである。

五  結論

以上の次第であるから、申請人らの本件各申請はいずれも理由があるので、申請人らに保証を立てさせないで認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横山敏夫 裁判官 亀田廣美 齋藤大巳)

<以下省略>

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